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脳出血:診断書(日常生活動作)を修正していただいた事例

2020/10/17 肢体障害

1.病歴
その方(女性)は、夜中に起きて、水を飲もうとしたら、口から水がこぼれ、鏡を見ると、顔半分が垂れ下がっていました。
急ぎ救急車で病院に運ばれたときには、左手足は動かなくなり、入院となりました。
左上肢はほぼ動かず、痙縮がありました。
左下肢は内反が強く、常に装具をつけていないと、歩けませんでした。
初診日から、6ヶ月で症状固定と判断され、リハビリも終了となり、退院となりました。

2.無料相談~受任~障害基礎年金2級受給決定まで
比較的近く(東海地方)にお住まいの方で、障害年金申請代行の社労士を探しておられ、インターネットで岐阜の社労士を見つけ、ご連絡がありました。
お会いできない距離ではありませんでしたが、外出も不自由ということで、電話、メール、郵便で進めることになりました。
初診証明は救急搬送された病院で簡単にとれました。
初診日から、6ヶ月で症状固定と判断されたため、リハビリが終了し、退院後定期的に受診されていた病院で診断書を作成していただきました。
障害認定基準 一般的事項には、障害認定日の説明があります。
日本年金機構 障害認定基準 一般的事項

には、「「障害認定日」とは、障害の程度の認定を行うべき日をいい、請求する傷病の初診日から起算して1年6月を経過した日又は1年6月以内にその傷病が治った場合においては、その治った日(その症状が固定し、治療の効果が期待できない状態に至った日を含む。)をいう。」と記載されています。
今回の事例では、症状固定と判断され、リハビリ終了の日が、「障害認定日」となります。
左上下肢の筋力低下(半減、著減、消失)、日常生活動作も左上肢下肢が必要な動作は殆ど、「×」か「△×」の判定であり、ほぼ妥当な評価かと思われました。
しかし、日常生活動作全22項目1個づつ丁寧に拝見すると、「歩く(屋内)」、「歩く(屋外)」が「△×」と記載されていました。
日常生活動作は、「補助用具を使用しない状態で判断」しなければいけません。
⇒ 障害基礎年金・障害厚生年金の診断書作成の留意事項

肢体障害の場合、日常生活動作は「補助用具を使用しない状態で判断」することが最重要ポイントです。
その方は、左下肢は内反が強く、装具がないと、左足が地面に着地するときに、小指側側面が着地してしまい、歩けません。
そのため、医師にそのことを説明差し上げ、「歩く(屋内)」、「歩く(屋外)」共に「×」と修正していただくことができました。

傷病名:脳出血で、申請を行い、無事障害基礎年金2級を受給できました。
身体が不自由になった後、ご主人とは別居になったそうです。
私との電話での会話で、弱音や愚痴をおっしゃる事は一度もありませんでしたが、日常生活の苦労は計り知れないものがあったはずです。
障害基礎年金2級受給決定の報を聞き、お役に立てて本当によかったとうれしく思いました。


躁うつ病:初診病院のカルテが無かった事例

2020/10/10 躁うつ病

1.病歴
その方(男性)は、一般の会社にお勤めでしたが、介護職に興味を持ち、資格取得に励み、あこがれていた介護職で頑張っていました。
しかし、会社で突如うつ状態となり休むことが多くなり、退職、転職を繰り返していました。
一方、そう状態のときは、金使いが荒くなり、多額の借金をしてしまうといったこともあり、奥様から離婚をせまられ、さらにうつが進み、希死念慮も現れました。
離婚後は、就労もできず、外出もできないような状態が続き、入院も勧められました。

2.無料相談~受任~障害厚生年金2級受給決定まで
遠方の方でしたが、インターネットで障害年金申請代行の社労士を探しておられ、岐阜の社労士を見つけ、ご連絡いただきました。
諸事情で複数の病院を転々とされていました。
1番目の受診医療機関は、15年ほど前であり、電話したところ、カルテも何も残っておらず、受診状況等証明書を書いてもらうことはできませんでした。
2番目の受診医療機関に問い合わせしたところ、1番目の受診医療機関からの紹介状も残っており、そのコピーをいただくことができました。
その紹介状には、最初の受診日も記載されており、初診証明はクリアしました。
現在受診中の医療機関に診断書を作成いただき、内容も妥当な診断書が出来上がりました。
躁うつ病で、裁定請求を行い、無事障害厚生年金2級を受給できました。
1人で外出できず、就労も全くできない状態であったため、大変感謝いただけました。

日本年金機構発表 障害年金業務統計(令和元年度決定分)

によれば、令和元年度障害(基礎・厚生)年金の裁定115,400件中、非該当とされたのは、14,366件(12.4%)です。
この数字が示すように、障害年金の取得は、必ず不支給リスクを伴うため、初診日のカルテが無いようなイレギュラーなケースでは、障害年金に詳しい社労士にご相談いただきたいと思います。


変形性股関節症:0歳時股関節脱臼で、社会的治癒が認められた事例

2020/10/03 肢体障害

1.病歴
その方(女性)は、0歳6ヶ月時に臼蓋形成不全、股関節脱臼で入院、治療、17歳骨切術を受けました。
18歳から24歳までは、スポーツや旅行も楽しみ、就職後も問題なく一般業務を行い、受診もありませんでした。
しかし、25歳(厚生年金加入中)、歩行困難となり、変形性股関節症と診断され、27歳、人工股関節手術を行いました。

2.無料相談~受任~障害厚生年金3級受給決定まで
遠方の方でしたが、インターネットで障害年金申請代行の社労士を探しておられ、ご連絡いただきました。
ご自分で年金事務所で裁定請求手続きしましたが、年金事務所から返戻(へんれい:差し戻しの意味)があり、どうしていいのかわからず、ご相談いただきました。
裁定請求では、25歳歩行困難となり、変形性股関節症と診断された病院を初診としていました。
しかし、年金事務所からの返戻は、0歳から25歳までの病歴就労状況等申立書、医療機関にかかっていたら、受診状況等証明書を提出してください、というものでした。
そのような返戻があったということは、25歳初診が認められないということであり、20歳前初診とされ、障害厚生年金3級は受給できないと、一般的には考えられます。
なお、下肢の人工股関節の場合は、通常障害等級3級相当とされます。
→ 下肢の障害 認定基準
20歳前初診の場合は、障害基礎年金となり、1級又は2級しかなく、3級相当では、障害年金はいただけません。
誰に聞いても、もう無理と言われ、途方にくれ、岐阜県の社労士をインターネットで見つけ、遠方でしたが、ダメ元で私に依頼をされたようでした。
(ダメ元で依頼したという話は、受給決定後聞きました。)
一般的には、「先天性股関節脱臼は、完全脱臼したまま生育した場合は出生日が初診日、成年期以降になって変形性股関節症が発症した場合は、発症後に初めて診療を受けた日」が「初診日」として扱われます。
17歳骨切術から、25歳(厚生年金加入中)、歩行困難で受診までの7年間は、医療機関の受診もなく、運動や旅行、就職後の業務も問題なかったということでした。
そこで、「社会的治癒」を利用することにしました。
従来の社会的治癒のノウハウを駆使し、7年間元気だったことを証明できる資料をなるべく多く集めました。
それらの資料及び「社会的治癒の申立書」を病歴就労状況等申立書、受診状況等証明書に添付、年金事務所に提出して、約1か月待ち、障害厚生年金3級の年金証書がご自宅に届き、信じられないといった驚き、喜びのお電話をいただきました。
その後、メールでも何度も御礼の言葉をいただき、うれしく思いましたので、紹介させていただきます。
「この度は、本当に本当にお世話になりありがとうございました。
主人とも、本当に久納さんと、出会えて相談出来て良かったねと、何回もその話になります。」
「私の事案も これから貰えるか微妙な人への 参考になればよいなって、思ってます。
久納様には、本当に国と戦う為に、弱い私の味方になってくださいまして ありがとうございました。」
「請求者は 私も 最初は一人で手続きしてましたが、予定外な事言われたり 年金事務所も、先天性があると、無理ですよ全開で 書類さえも渡すのしぶられましたので、私も、一回出して 調査で戻ってきたときは 半分諦めてましたし 社会保険の人にも 厳しいって、言われてましたので。
そんなとき 久納様のホームページに出会って 相談させていただいて、その前に 三件位 断り受けてましたので 本当にありがたかったです。」

弊事務所は、度々他事務所で断られた方からも相談を受けます。
年金事務所でも社労士事務所でも、人によって言うことも対応も様々です。なるべく多くの所に相談してみると、きっと自分にあった事務所を見つけられるのではないかと思います。


持続性気分障害:医師に病状を伝えていなかった事例

2020/09/26 うつ病

1.病歴
その方(男性)は会社員でしたが、社内の人間関係悪化から、気分の落ち込み、めまい、動悸のため、家で寝込むことが多くなり、奥様とのけんかも多くなりました。
15年程前、車を運転中、手足のしびれ、動悸、過呼吸などで、運転できなくなり、近くの病院(1番目)に直行しました。
その後2番目の病院に通院を開始しましたが、パニック症状、幻覚、自殺未遂があり、会社も休みがちになり、退職。その後のアルバイトも長くは続かず、転々としました。
その2番目の病院には、14年間通院を続けましたが、働けないにもかかわらず、「働かないとだめだ」の1点張りの医師で、他の病院に転医することにしました。
3番目の病院では、持続性気分障害と診断されました。
現在、一日中横になった生活で、就労は全くできない状況で、離婚もし、経済的に苦しい生活が続いていました。

2.無料相談~受任~障害厚生年金3級受給決定まで
遠方の方でしたが、インターネットで障害年金申請の代行をしてくれる社労士を探しており、私に相談がありました。
最初、2番目の病院が初診病院と伺ったため、そこで初診証明(受診状況等証明書)を取得したところ、その前に別の病院に行っていたという記載があり、そこで初めて1番目の病院があることがわかりました。
本人が1番目の病院を訪問したところ、カルテは無いものの、パソコン内に受診受付情報が残っていました。
その病院に、受診状況等証明書の発行を依頼し、パソコン内に受診受付情報からの記載の旨明記してくれればよいと説明しても、書類作成を拒否されたため、口頭で初診日を教えていただきました。
運よく2番目の病院受診時のカルテに、1番目の病院受診日の記載があったため、2番目の病院の診断書に1番目の病院受診日を記載していただき、事無きを得ました。
次に、初診日から1年半後の障害認定日頃、2番目の病院に通院していました。
そこで、遡及請求のため、障害認定日時点の診断書を2番目の病院に書いてもらいましたが、日常生活能力の判定7項目はすべて、「できる」、日常生活能力の程度は「1 社会生活は普通にできる」といった目を疑う記載でした。
日本年金機構が公開している、「精神の障害に係る等級判定ガイドライン」
によれば、間違いなく、3級非該当です。
現在の診断書は、現在通院中の3番目の病院に作成してもらい、傷病名:持続性気分障害、日常生活能力の判定7項目の平均は「2.6」、日常生活能力の程度は「3 時に応じて援助が必要」といった記載でした。
1番目の病院の初診時は、会社員だったため、保険料納付要件はOKでした。
傷病名:持続性気分障害で遡及申請を行った結果、遡及(障害認定日時点)は不支給でしたが、障害厚生年金遡及3級が認められました。
本人はアルバイトにも行けない状況で、経済的に苦しいため、遡及を渇望していましたが、診断書記載内容から推測できるように、遡及は認められませんでした。
しかしながら、事後重症3級は何とか認められ、最低限の結果は得られました。
本人は遡及が認められず、非常にがっかりされていましたが、2番目の病院では、医師に「働かないとだめだ」と言われ、全く就労できていなくても「少し働くようにしてます」と言っていたとのことでした。
医師に本当の事を言うと、医師の機嫌が悪くなるから、何と医師の機嫌をとるため、そんな説明をしていたそうです。
医師は、カルテ記載を基に診断書を記載します。カルテ記載の内容以外の事は書きません。
実態に即した診断書を作成してもらうには、普段から医師には病状をありのまま伝えておくことが必要です。


広汎性発達障害:障害基礎年金2級遡及決定事例

2020/09/12 発達障害

1.病歴
その方(女性)は高校卒業後就職しましたが、人間関係のストレスがたまり、職を転々としました。
結婚し子供もでき、当時は家事も一通りできていました。
しかし、夫が会社をクビになり、酒を飲み、妻子に暴力をふるうようになり、夫の暴力及び経済的な不安からリストカットをし、自ら警察を呼ぶことを繰り返すようになり、警察からも家族に苦情があったとのことです。
警察に説得され病院に行き、頑なに入院を拒否しましたが、医療保護入院となりました。
退院後、デイケアにも参加するようになりましたが、他者と関わることはなく、1人で過ごすことが多かったようです。
その後、B型作業所に週1日就労しましたが、他の利用者とのコミュニケーションは全くなく、常にマイペースで、週2日以上の就労は拒否していました。
最近2年間はリストカットは無くなりましたが、逆に家事は全くできなくなりました。
意思伝達は自分の子供としかとれず、日常生活の食事、清潔保持(着替え、掃除)、買物・金銭管理、銀行・役所での手続き、などは、義父母にすべてしてもらっていました。

2.無料相談~受任~障害基礎年金2級受給決定まで
最初、義父母が障害年金申請の代行をしてくれる社労士を探しており、私に相談がありました。
ご自宅に伺い、義父母から細かい情報を聞いて進めることになりました。
別居していた義父母は老齢年金生活のため余裕のある生活もできませんでしたが、経済面、実作業面共に、家事、育児全般において息子家族の援助をされており、義父母のためにも、何とか障害年金受給に結び付けたい思いでした。
初診日は、ご主人は当時無職であり、3号被保険者ではなかったため、保険料納付要件が厳しいと感じていましたが、義父母がしっかり保険料納付もされており、問題ありませんでした。
本人とも会話しましたが、聞いたことに対して、「はい、いいえ」程度の回答しかなく、あまり具体的な情報は得られません。
デイケアのご担当の精神保健福祉士様、B型作業所の職員様から普段の様子をヒアリングし、対人交流能力の低さ、清潔保持能力の低さなどの情報を多く得ることができ、病歴・就労状況等申立書に反映しました。
初診から3年程、継続的に通院していたため、傷病名:広汎性発達障害で遡及申請を行った結果、障害基礎年金遡及2級が認められました。
子供の加算額もありました。
本人は受給決定に対してもあまり感情表現がありませんでしたが、家族の日常生活の大部分を管理、援助している義父母は、遡及申請が認められたことで、過去2年程の遡及分の年金の入金があったこと、2ヶ月ごとに定期的な入金があることで、経済的に非常に楽になったと、大変喜んでいただけました。


1型糖尿病:初診のカルテがない事例

1.病歴
その方(男性)は、16年程前に、喉の渇きがあり、1日4リットルもの水分をとるようになりました。
糖尿を患っている知人から、知人が通院している病院の受診を勧められました。
その病院で、1型糖尿病と診断され、インスリン治療が開始されました。
4年程で、インスリンポンプを使用するようになりました。
10年以上治療を継続しましたが、徐々に血糖コントロールが難しくなり、仕事中、低血糖、高血糖の症状が表れ、仕事を中断することも多くなりました。
自動車の運転業務をしてましたが、危険なため、運転が不要な会社に再就職しました。

2.無料相談~受任~障害厚生年金3級受給決定まで
最初、電話で無料相談がありました。
ご自宅近くのファミレスで話を伺い、契約をいただき、進めることになりました。
初診病院は既にカルテが存在せず、2番目に受診した病院を訪問したところ、カルテが残っており、1番目の病院が「近医」という表現で概略の受診時期が記載されており、1番目の病院のことを受診状況等証明書に記載していただきました。
また、1番目の病院を紹介していただいた方、と当時のことをよくご存じの方もう一人に、初診日に関する第三者からの申立書(第三者証明)を記載していただきました。
傷病名:1型糖尿病で裁定請求を行った結果、障害厚生年金3級が決定しました。
お仕事もご苦労が多く、大変喜んでいただけました。


傷病手当金の不支給決定を覆しました。

傷病手当金の不支給決定を覆した、岐阜・名古屋周辺域の方(女性)の実績です。
1.背景
その方(女性)はある脳血管疾患で車いすの生活をされていました。
障害年金受給に該当するため、社労士(私)に代理請求依頼があり、無事障害厚生年金1級の受給が決まりました。
脳血管疾患で倒れた以降、休職していましたが、会社の規定で、ある期間、ある程度の給与の支払いがありました。
しかし、(会社から案内が無かったのか?)健康保険法99条で規定される傷病手当金の手続きは全くされていませんでした。
障害年金の手続きが終わった後、それらの話を伺い、過去の傷病手当金は受給する権利があることを説明差し上げ、是非傷病手当金手続きをしてほしいと依頼があったため、障害年金に引き続き、お手伝いをさせていただくことにしました。
2.傷病手当金の手続き~不支給決定受領~不支給決定取消まで
傷病手当金の手続きをするために、1年半の期間について、傷病手当金請求書を作成し、主治医の意見も記載いただき、健康保険組合に送付しました。
しばらくして、意外なことに、不支給決定通知が送られてきました。
記載された不支給理由がおかしいため、健康保険組合に電話したところ、殆どクレーマー扱いされ、一方的に電話を切られてしまいました。
不服申し立て(審査請求)の準備を開始したところ、数日後その健康保険組合の職員から不支給理由は間違っていたと丁寧な謝罪があり、後日不支給決定取消の通知が送付されてきました。
1年半の期間での傷病手当金は、相当高額となり、毎日車椅子で不自由な暮らしを強いられているその方(女性)から大変感謝されました。
3.傷病手当金の調整
傷病手当金は、同時に障害年金を受給していたり、会社から給与が支払われていた場合、調整が入ります。
今回のケースを説明するにあたり、実際の金額、期間から変更を加えて、説明します。
障害年金が月15万円とします。
会社の規定で支払いのあった給与が月19万円であったとします。
また、傷病手当金は月30万円とします。
健康保険組合は当初、障害年金15万円+給与19万円=34万円が、傷病手当金月30万円よりも高い金額となるため、傷病手当金不支給という結論を出しました。
一見正しい結論に見えますが、実は謝りです。
健康保険法108条から、まず障害年金15万円と給与19万円のうち高い方が選択されます。
この場合、高い方は給与19万円となります。
傷病手当金月30万円と(高い方)月19万円との差額11万円が支給されます。
該当期間が10か月間であれば、11万円×10か月間=110万円が支給されることになります。
傷病手当金も細部は難しく、健康保険組合の職員でも過ちをおかすことがあります。
健康保険に関しても、何か疑問に感じることがありましたら、社会保険労務士にご相談いただきたいと思います。

てんかん:40年程前の初診証明(病院名不明)

てんかんで障害基礎年金2級が受給決定した岐阜・名古屋周辺域の方(男性)の実績です。
1.病歴
その方(男性)は、学生時代に複数の人から暴行を受け、気を失いました。
顔は2倍ほどに膨れあがり、意識が戻ったのは2、3日後だったそうです。
お父様は、経済的な事情もあり、ごく少額な和解金で示談してしまったそうです。
体調は順調に回復に向かっていたように見えましたが、1か月程して、突然意識をなくし、救急車で病院に運ばれました。
白目をむき、泡をふく全身大痙攣の発作であったことから、てんかんと診断され、その後も大発作は毎日続きました。
服薬治療で次第に頻度は減っていきましたが、それでも度々大発作があり、小発作は毎日起きていました。
このような状態が40年近く続きました。
2.無料相談~受任~障害基礎年金2級受給決定まで
岐阜・名古屋周辺域の方(男性)から電話で無料相談がありました。
40年近く、毎日てんかん発作があるとのことで、即契約させていただきました。
学生時代に複数の人から暴行を受けたのは、20歳前です。
初診病院は覚えておらず、2番目の病院に問い合わせたところ既にカルテは廃棄されていました。
3番目の病院は、カルテが残っており、約35年前の2番目の病院からの紹介状が残っておりました。
学生時代の同級生で、連絡がとれる方が2人いらっしゃって、学校でも度々発作で倒れ、病院に運ばれるのを見ていたため、初診日に関する第三者からの申立書を書いていただきました。
傷病名:てんかんで裁定請求を行った結果、障害基礎年金2級が決定しました。
初診日から1年半後頃通院していた2番目の病院は既にカルテはなく、事後重症請求でしたが、お仕事も退職され、生活が大変であったため、大変喜んでいただけました。
3.20歳前障害の初診証明
今回、20歳前初診であったため、初診日に関する第三者からの申立書が複数(2名以上)あればよいことになっています。
たいてい、年金事務所でも社労士事務所でも、そのような説明があるかと思います。
間違いありませんが、申立書の内容の信憑性もしっかり審査されるため、申立書の内容に不完全な内容がある場合には、初診が認められないことも十分ありえます。
(そもそも、40年前のことに対して、医療機関名を含めた全記載項目を完璧に網羅している第三者証明が得られるというのは、まれでしょう。)
約35年前の2番目の病院から3番目の病院への紹介状には、約40年前の暴行の事も記載されていました。
その紹介状のコピーも裁定請求書に添付し、第三者証明を補完する決定的証拠となりました。
そのため、何の問題もなく、初診が認められ、無事障害年金の受給決定となりました。

網膜色素変性症:30年前の初診証明(カルテ無)

網膜色素変性症で障害厚生年金1級が受給決定した岐阜・名古屋周辺域の方(男性)の実績です。
1.病歴
その方(男性)は、小学生の頃から近視はありましたが、30歳頃までは、特に目の不自由はなく、お仕事も普通にされてました。
30歳頃他の病気で入院中、気を失うことがあり、全身の検査をすることになり、眼の検査で初めて網膜色素変性症と診断されました。
退院後も眼科に通院しながら、仕事を続けることができました。
40歳代後半になり、視力、視野共に悪化、仕事は厳しくなり、退職しました。
50歳代後半(現在)は、視野はほぼ点状であり、視力も落ち、暗い場所では殆ど何も見えなくなりました。
2.無料相談~受任~障害厚生年金1級受給決定まで
岐阜・名古屋周辺域の方(男性)から電話で無料相談がありました。
ご自宅の近所のファミレスで打ち合わせすることになりました。
母親に手を引かれていらっしゃいました。
目の前の物の形はぼんやりとわかるものの、一人で歩くことは最早できません。
即契約をさせていただき、進めることにしました。
初診は30年近く前の大病院とのこと、初診の病院に問い合わせたところ、予想通りカルテは残っていませんでした。
しかし、初診の大病院の主治医は、現在治療を受けている眼科医院の院長先生とのことでした。
ご本人と共に医院にお邪魔し、祈るような気持ちで、院長先生にお話をさせていただきました。
眼科医院の院長先生は、30年近く前の初診日のだいたいの時期を記憶しており、それを受診状況等証明書に記載していただくことにしました。
年月単位まで記憶されていたので、保険料納付要件は何とかぎりぎりでパスし、裁定請求手続きをすることができました。
後日、障害厚生年金1級の受給が決定しました。
眼が不自由の方の場合、通常外出は一人でできません。
外出を含め、日常生活は母親に頼り切っていましたが、既に母親はご高齢で、この先頼れる期間も長くありません。
障害厚生年金1級決定は本人、お母様共に大変喜んでいただけました。
3.網膜色素変性症
網膜色素変性症は網膜に異常をきたす遺伝性、進行性の病気であり、また先天性疾患であり、難病指定されています。
障害年金制度では、網膜色素変性症は具体的な症状が出現し、初めて診療を受けた日が初診日とされます。
そのため、その方は初診のときは、会社員としてしっかりお仕事をされていたため、障害厚生年金を得られました。
30年近く前の初診日でカルテが残っておらず、初診証明に困難が予想されましたが、初診のときの大病院の主治医が現在かかっている眼科医院の院長先生であり、また医師は当時勤務医療機関を転々としていたため、その大病院での治療時期の特定に役立ったようです。

うつ病:働き方改革の必要性

2019/08/11 うつ病

うつ病で障害厚生年金2級が受給決定した遠方の方(男性)の実績です。
1.病歴
その方(男性)は、ある会社の現場責任者として長時間労働を続けていました。
会社に労働基準監督署の調査が入るほど、過酷な労働環境の中、その方自身も精神的、肉体的に辛い日々を送っていました。
その中で、部下に対しては、責任者として、過酷な労働を強いることにより、反発を受けました。
一方、会社に対しては、労働条件の改善の要望書を提出したり、話し合いの場を設けるなどしたところ、遠回しに退職勧奨を受けるようになり、うつ病を発症、会社を休職することになりました。
2.無料相談~受任~障害厚生年金2級受給決定まで
遠方でしたので、メールで無料相談がありました。
即受任し、精神状態が悪化した経緯に関する資料(会社内のトラブル、休職時に作成された診断書、処方薬の説明書など)を大量にいただき、医師への診断書作成依頼書は詳細に作成できました。
医師には、私が作成した依頼書の内容を十分盛り込んだ非常に素晴らしい診断書を作成していただけました。
裁定請求手続きを行い、後日、障害厚生年金2級の受給が決定しました。
扶養家族がいらっしゃる中、休職中で、経済的に不安感が大きかったため、大変喜ばれました。
3.働き方改革
今迄うつ病の方の裁定請求のお手伝いを多数してきましたが、会社内でのパワハラを発端にうつ病を発症したという方は非常に多いです。
令和1年5月、働き方改革に関する法改正があり、職場におけるパワハラ防止措置を義務付ける規定が設けられました。
是非、この改正を機に、各企業が前向きに措置を講じていただきたいと思います。

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